夜の静寂

店主 やあ、いらっしゃい。

   ようこそ、夜の静寂へ。

   変わった店の名だって?

   そうかな? 私は結構、気に入ってるんだけどね。

   この店にもぴったりだと思うんだが。

   まぁ、そんなことはいいか。

   ともかく、ゆっくりしていくといい。

   時間はたっぷりあるからねぇ。


男  道に迷った、と気づいたのは

   似たような風景に何度も行き当たったあたりから。

   どうやらオレは、同じ道をぐるぐると彷徨っているらしい。

   ふと道の向こうを見ると、

   小さな灯りに照らされた看板が見えた。

   何の店かよくわからないが、人がいるなら御の字。

   町へと降りる道を聞くことにしよう。


店主 おやおや、先を急いでいると?

   そう言われても、

   今はまだここを出ることはできないよ。

   なんだい、お前さん、知らないのかい?

   そうかい、そうかい。

   でもまあ、知らなくても問題はないさ。

   そのうちわかることだからね。

   ゆるりとしていればいいのさ、今はまだ。


男  カラン、カラ~ン、とドアに吊るされたベルが鳴る。

   けれど、誰も出てはこない。

   おかしいな。たしかに灯りも点いているのに。

   店内に足を踏み入れてみれば、

   そこに何となく、人のぬくもりのような、

   気配のようなものを感じるけれど、

   オレの呼びかけに応える声はなかった。

   はてさて、どうしたものか。


店主 ここは、夜の静寂。

   あの世とこの世が繋がる場所。

   一度入ったら出られない。

   後戻りもかなわない。

   いらっしゃいませ、と出迎えた後は

   いってらっしゃいませ、と送り出すだけ。

   さあ、今宵はお前さんの番ですよ。







朗読/市川和也、西藤東生

ストーリー/いとうかよこ

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